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化物語あらすじ

高校3年生の少年・阿良々木暦は、文化祭の準備をしていた5月のある日、ひょんな事から2年間ろくに話したことのなく、体育の時間には全く参加せず、通院を続けているクラスメイト・戦場ヶ原ひたぎの秘密を知ってしまう。実は彼女には体重が殆ど無かったのである。暦は秘密を知った日の放課後、ひたぎから秘密をばらさないようにと執拗な脅しを受けるが、それにもめげず彼女の秘密に対する協力を申し出る。彼女によると、2年前に1匹の不思議な蟹に出会い、重さを根こそぎ持っていかれたのだと言う。
実は暦もひたぎと同じような奇妙な体験をしており、その時に忍野メメという怪異に詳しい男の力を借りたのだった。暦とひたぎはメメに相談する為、彼の住む学習塾跡の廃墟ビルに向かう。メメによるとひたぎの体重を奪った蟹もやはり「怪異」であるという。ひたぎはメメの力を借り、自分の体重を奪った怪異と再会するのだが、それには彼女自身が封じたある過去の秘密が関係していたのだった…。(wikipedia)


上のあらすじは、西尾維新の「物語シリーズ」と呼ばれる作品群の中の一作目、「化物語」という作品のあらすじです。
で、今回僕が読んだのは、その7タイトル目の「猫物語(白)」という作品です。
なので、上記のあらすじとは関係ありませんのであしからず・・


僕が、ライトノベルというジャンルを読み始めるきっかけになったのがこのシリーズです。

テンポのいい会話劇、個性的なキャラクター、怪異(かいい)と呼ばれる目に見えない存在・・注目ポイントは沢山あるんですけど、アニメ化され、他のシリーズも好調の西尾維新作品は、とにかく「キャッチー」です。

「キャッチー」じゃなかったら、これだけメディア展開するはずがありません。
世間では、本離れがよく嘆かれてますから、こういう入りやすいところから始めるといいんじゃないでしょうか。

面白いです。化物語上巻から順を追って読むのが是非オススメ!


菊地勇介さんの読書メーター






「もしかすると、あれは「呪い」というものだったのだろうか・・」

「仮にそうだとすれば、私たちを生かしているのは、心の力に違いない・・・」

この続きは、僕の気功整体院のホームページへ!

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その他のHP内容

・知人の不可思議な死から学んだこと

・声が出なくなった二度の体験について

・心とは?身体とは?

・身体は心に支配されている!?

・気の本質は情報にある・・など

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2010
10.28

こんにちは、菊地です。


急に寒くなってきました。みなさんおカラダの調子は大丈夫ですか!?

季節の変わり目は、次の季節を乗り切るための「カラダ作り」をする時期です。
一見、体調を崩したかな・・と思えるような状態になることがありますが、この時期のこういった症状は、多くの場合「カラダ作り」のためのものです。
カラダを温めて、睡眠を多くとっておきさえすれば問題なく回復します。

余計なことをしてしまうと、厳しい冬を乗り越えるカラダが、未完成になってしまう可能性があるので、くれぐれも気をつけてください!





「もしかすると、あれは「呪い」というものだったのだろうか・・」

「仮にそうだとすれば、私たちを生かしているのは、心の力に違いない・・・」

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「イヴの時間」

あらすじ

「未来、たぶん日本。“ロボット”が実用化されて久しく、“人間型ロボット”(アンドロイド)が実用化されて間もない時代。」--作中より
高校生のリクオは、所有するハウスロイド「サミィ」の行動記録の中に、命令した覚えのない行動を発見する。友人のマサキを誘って記録された場所に向かってみると、そこには「イヴの時間」という不思議な喫茶店があった。
そこに集う様々な人間やアンドロイド達との関わりの中で、それぞれが少しずつ影響を及ぼしあい、変わっていく。やがてそれは、外の世界へもかすかな、しかし確実に波紋を広げることとなる。(wikipedia)




「ファースト・シーズン」の各話約15分、全6話を編集したものが映画版。
1時間45分くらいの長さで、各ストーリーもすっきりとまとまっているので、みやすいと思います。

映像がとても綺麗だし、人気実力とも素晴らしい豪華声優さんたちが演じているキャラクターも魅力的。
設定されている世界観も、アンドロイド達実用化という点だけがずば抜けて進化しているだけで、その他の点では、現代と何ら変わらない設定になっているので、感情移入するのも簡単です。
アニメはあんまりみないという方に是非おすすめの作品ですね。


現実の世界でも、ロボット技術の進化は目を見張るものがあります。いつかは、人口知能も発達し、外見的にも思考的にも、人間と大差の無いロボットができる時がくるはずです。

このアニメは、その「いつか」が来るだろう未来のおはなしです。
ロボットと人間の交流の中に、いろいろなドラマがあって、涙無しにはみられません。素敵なアニメです。おすすめ!







「もしかすると、あれは「呪い」というものだったのだろうか・・」

「仮にそうだとすれば、私たちを生かしているのは、心の力に違いない・・・」

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映画化されて、ますます人気の「君に届け」。
たまたま深夜にやっていたアニメを観たのがきっかけで、マンガの方もみるようになりました。

少しコミュニケーションが苦手で、周りからは暗い人・・と勘違いされている女の子が、スーパー爽やかな、憧れの男の子との触れ合いがきっかけで、どんどん変化していくおはなしです。

職業柄、女性と接することが多いので、女性の書く小説や、女性が主人公のおはなしから、いつも勉強させてもらってます。

妹がいるので、いわゆる「少女マンガ」も割とみる機会も多かったんですが、その中でも「君に届け」は、個人的に一番おすすめしたいマンガですね。

何がいいって、主人公、爽子のがんばる姿が本当にいい・・

健気でいつも真剣な爽子の姿を見ていると、もうとにかくがんばれ!と応援したくなってしまいます。
それと同時に、自分もがんばんなきゃな?という気にさせてくれるんです。

最高にほっこり気分にさせてくれる作品です。是非、ご一読を<(_ _)>







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宗教と聞くと、頭から否定する人がいます。

たしかに新興宗教やカルトの一部は、とんでも無いことをしているのも事実なので、偏ったイメージになるのは無理はないかもしれません。

でも仏教の考え方は、驚くほどクールで合理的です。


特に初期仏教では、輪廻や魂の存在さえ否定してますし、生きる意味なんて無いんだから、そんな妄想するな!くらいの勢いです。
僕は、どの宗教にも属していない、いわゆる無宗教者ですから、初期仏教の合理的で現実的な考え方は、非常に分かりやすく好きです。

その反面、現代のスピリチュアルのありかたは、弱った精神には心地いいんですけど、正直、現実から目をそらさせることで、癒しを与えているだけなので、結果的に多くの人間を「依存への道」に進めてしまっているように思え、懸念を持っています。

そういう世界にどっぷり浸かってしまっている人には、初期仏教ってなんか夢がな?い。と思ってしまうかもしれませんけども、それは、それだけ初期仏教の考えが現実的で実践的だからなんです。



現実世界の本当の幸せとはなんなのか?お釈迦さまが言った本当の教えとは?是非、スーッとなってください!






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今、読書メーターというサイトにはまっています。

趣味に特化したこのブログを書き始める時に、たまたま見つけたサイトなんですけど、本当に素晴らしいサイトです。
読書家にはたまらない、充実したコンテンツが沢山あって、本当、よだれが出そうです。


例えば、自分が今までに読んだ本をカテゴリーに分けて、本棚にできます。
文章では伝わり難いので「実物」を見てください。

すごくないですか?

ビジュアル的にも文句なしだし、なんと言っても自分が今までに読んだ本の数や傾向がすぐ分かるのが最高です。

今までいろいろなサイトを利用させてもらって来ましたけど、「作ってくれてありがとう!」という感謝の気持ちで一杯になったのは、今回が初めてです。

現在、今まで読んできた相当数の本を登録している最中です。思い出しながらコメントなんかもマメに書いてるので、けっこう大変な作業なんですが、これがまた楽しい・・・

いったいどれくらい読んだのか・・・・ちょっと楽しみです。

マンガでも本でも何でも良いので、「読む」ことが少しでも好きな方、この読書メーカー仲間になって、このサイトをどんどんメジャーにしましょう!


読書メーター登録

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始めまして、気功家の菊地勇介です。
このブログに興味を持っていただき、ありがとうございます.


・はじめに

残念ながら、気功はまだまだ「あやしげな」「暗い」イメージのある療法のようで、世間的に好印象だとはなかなか言えません。

現実的に、自分の身体になんらかの症状が現われた時、最初に気功を受けようと発想する人は殆どいないでしょうし、一生涯、縁が無い方も沢山いらっしゃいます。



はっきり言ってしまえば、「マイナー」なんですね・・・



少し悔しいことではありますけども、現実を直視すればそういうことになると思います。


しかし、気功は数千年も前から地球上に存在する療法で、素晴らしい可能性を秘めているものなんです。
僕は日頃から、「一度受けていただければ、間違いなく気功に対するイメージは変わるのになぁ」という確信を持っていますが、その為にどうするか?という具体的な対策が追いついていませんでした。

考えたあげく、結局は今の気功のイメージを作ったのも気功家なんだし、「変えることが出来るのも気功家だろう・・」という至極当然のことに気付き、とにかくまずは、気功家という人種である、自分自身のことを知ってもううしかないと考え、このブログを作ることにしました。

少しでも気功に興味を持ってもらえれば、嬉しく思います。




・このブログの活用法


誰かと楽しくコミュニケーションを取っている時、私達は幸せを感じるものです。その中でも、趣味趣向が合う人間とのコミュニケーションほど熱が入るものはありません。


好きな作家やアーティスト、映画監督の作品について語ったり、練習している趣味の難しさを理解してもらえたりした時に感じる親近感は、なかなか他に代えられるものが無いんじゃないでしょうか。



私たちは、趣味趣向が合う間柄のことを、一般的に「気が合う」と表現しますが、実はこれ本当で、趣味趣向が合う人同士は、気の相性も良く、気功療法の効果も比較的高くなるものなんです。


では、これを気功家と患者さんの気の相性に置き換えて考えてみます。


すると、気功家の趣味や考え方を明確に打ち出せば、患者さんは、ブログを見るだけで「わざわざ施術を受けなくとも」気功家との気の相性がある程度分かるということになります。


気功家との「気の相性」が悪いことは、間違いなく結果に悪影響を及ぼす致命的な問題ですから、これから、気功療法を受けたいと考えている方にとっては、慎重に検討しなくてはならない問題です。


しかし、検討をしようとしても、気功家の情報が、簡単なプロフィールや修行の過程だけだったとしたらどうでしょう?


どう考えても情報が少なすぎますよね?


これでは、いくら気功を受けようと思いたっても、誰に受けるのかを探す時点で、手詰まりになってしまう方も多いのではないでしょうか。


こうした悪循環を避け、気功家を探している患者さんにもっと安心感を持ってもらう為にも、事前にある程度、気功家の人間性、趣味趣向を理解する為の情報、つまり「自分との相性を判断する材料になるもの」が絶対に必要です。


このブログもそんな思いから作りました。


ただでさえ何らかの症状で苦しんでいる患者さんに、来院していただいた後「やっぱり合わなかった・・」という苦痛を味あわせてしまうのは、お互い残念なことですし・・・


是非、そういった意味でも、このブログを十分に活用していただければと思います。







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・気功家になるまでの歴史


菊地勇介

1982年10月16日生まれ

勇介という名前は、勇気を持って生きていって欲しいという、両親の願いがこもったものらしいです。

改めて字面を見ると、「介」という字は、介抱や介助といった言葉にも使われているように、「そばに付き添って助ける」という意味があるようなので、気功家になったのもそれなりに必然性があったような気もします。



・幼稚園

戦隊ヒーロー、特にフラッシュマンのグリーンが好きだっので、よく真似をしてました。

昔のビデオ映像を観ると、そのなりきり加減に、若干引きます・・(笑)

父親がキャンプ好きだった為、東京在住の子供にしては、自然との接触が多く、よくカブトムシやクワガタを採ってました。

善悪の価値観が生まれたのもこの頃で、生まれて初めて意識してやった良いことは、疲れて辛そうにしていた母親にチューリップの折り紙を作ってあげたこと。

四歳くらいのことでしたけど「どうにかしてあげたい」と、子供ながらに切実に思ったのをはっきり覚えてます。
母親は号泣してましたね・・(笑)



・小学校

1学年1組、男女合わせて25人しかいないクラスに入学。

人数が少なく、クラス替えもないストレスからか、男子10人の中で軽いイジメが起こってました。

それが、ローテーションのように繰り返されていて、「次は誰だろう・・」と、妙な緊張感の中、みんな毎日を過ごしてました。

子供って残酷ですから、この頃は、大人になった今よりも間違いなくストレス抱えてましたね・・



そんな中、大切なことに気づく転機が。



前述の軽いイジメの周期が、僕に回ってきていたある日のこと。

誰かのボクシング試合を見て妙に感動した僕は、明日からはどんなことでも、「やられたら絶対にやりかえそう!」と、胸に誓います。

当時、どちらかと言えば、気の弱かった僕にとって、とても高いハードルだったんですが、次の日から、勇気を出しなんとか行動に移しました。

その結果、驚くほどすぐにイジメは解消してしまって、子供ながらに「行動すれば結果は付いてくるんだ!」と感じたのを覚えています。

自分が変われば周囲も変化する経験を、早い時期に出来たのは、運が良かったと思います。

実際、この頃から、弱気だった性格も、どんどん前向きになっていき、自信も付いていった気がします。



・中学校



the思春期の到来です。

第二次性徴の時期で、ホルモンのバランスが激変し、同時にココロもカラダも激変する時ですから、日々、生まれ変わっているような、新鮮で刺激的な毎日でした。

女の子を好きになって、恋愛をしてみたり、この頃特有の過剰な正義感、連帯感などが原因で、友達とギクシャクしたり、ちょっと目立ったからといって、先輩に呼び出されたり・・と、良くも悪くも、人間関係の複雑さ、難しさを知ったのもこの頃です。

今思うと、恐ろしく面倒くさいことばかりでしたが、エネルギーが有り余っているこの頃に、傷つきながらも、人間関係の練習が出来たことは、患者さんとのコミュニケーションにも活かせていると思います。


また、中二の誕生日に、父親が気まぐれでギターを買ってきたこと、これもひとつの転機でした。

元々、唄うことが大好きだった僕は、すぐにのめり込み、尾崎豊の「Ilove you」を猛練習します。(完全にモテたかったんでしょう。恥ずかしい程ベタですね。)

その後、普通はまず、誰かの曲のカヴァーにいくものなんですが、何を生き急いだのか、すぐにオリジナルの楽曲を作り始めました。

「絶対プロになれる!」と、ステキな勘違いをしながら、三年生からは駅前でストリートミュージシャンの真似事もしていました。


この頃の作詞ノートはキツいですね・・恥ずかしさを通り越して、涙が滲み出ます・・。


ただ、この勘違いが続いて、後にミュージシャンを目指す経緯が無ければ、気功家にはなってないでしょうから、そこそこ上出来な勘違いだったかもしれません。



・高校

高校に入ったら、「自分の可能性を試せることは何でもチャレンジしてみよう!」と、初めから決めていました。


何の根拠も無いんですが、その当時の僕は、可能性を広げるなら目立っているに越したことはないだろうと考え、とにかく何にでも首を突っ込むようにしていました。

高校生らしく、見た目が派手になっていくのはもちろん、目立ちたい一心で、三年間全ての文化祭に、弾き語りや、バンドを掛け持ちして出演したり、修学旅行のしおりに、生徒代表として作文を書いたりと、ここに書ききれないほど、とにかくやれることはやるようにしていました。

興味が湧いたら、物怖じせず、とりあえず何でもやってみようというスタンスは、高校でほぼ固まっていたと思います。


一番の思い出は、卒業式の夜、六本木のクラブを貸し切って行った卒業パーティーです。


この時は、代表をやらせてもらい、フロアでどんな曲をかけるか、機材はどの業者に借りるか、スケジュール調整やお金の管理などを、友達と協力しながら進めていきました。

その結果、全学年から150人近くが集まり、それぞれから楽しかった、ありがとうと感謝の言葉をいただきました。

多くの人から、笑顔と感謝の気持ちをいただいて、とても嬉しかったのを覚えています。

この時の経験で、将来は「人からありがとうと言われる仕事に付きたい」という、漠然とした気持ちが、明確になったように思います。



ちなみに、高校生活のフィナーレを飾った悪目立ちは、卒業生クラス代表として賞状をもらいに行った時のことです。

サンマさんの顔のお面をかぶり、アホの坂田歩きで校長先生の前まで行きました・・(お恥ずかしい限りです)。

静まり返った体育館が、ドッと盛り上がったので、僕としては、最後の最後までやりきった!と、感動さえ味わっていたんですが、他のクラスには、全身タイツや着ぐるみという強者もいたので、上には上がいるものだ・・と、後で悔やみました。

今となれば、多くの方にご迷惑をおかけして、本当に馬鹿だったなと思いますが、どんなに下らないことでも、やりたいことに向かって、精一杯チャレンジすことを学べた高校時代でした。




・大学

大学時代は、バンド漬けの四年間でした。

入学してからすぐ、インターネットや楽器屋でメンバーを募集をし、沢山の人に会いながら、約一年かかってやっとメンバーを集めました。

基本的に根が真面目な四人が集まったので、売れる為にはストイックでなければ!と、最初から割とハードなバンド活動になりました。

多い時には、月四回のライブをやりながら、その間に週二のリハーサル。
それ以外に、ライブやリハーサル代の為、週二で深夜のコンビニバイト。

学校はあんまり行かなかったんですが、たまに授業に出ても、四六時中、歌詞とメロディーのことばかり考えてたので、四年の時点で単位が五十近く残ってました・・

普通なら完全に留年コースです。

なんとか卒業はしましたけど、周囲からは奇跡的だと言われました。何でもやればできるものですね・・。


さて、バンドの話です。

精力的な活動のおかげか、新人若手バンドとしては、多少注目してもらっていたようです。たぶん・・。

少しずついろんなイベントに呼ばれるようになり、名前も覚えてもらえるようになって、順調なペースで活動の幅を広げていきました。


そんな矢先、大きな問題が発生したんです。


それは、ライブが二日間続き、すぐに二枚目の自主制作アルバムの録音に入った多忙な時期のことでした。



急に僕の声が出なくなったんです。



正確に言えば、あるキー以上の高音がまったく出なくなりました。

その日は、寝れば治るだろうとたかをくくってたんですが、次の日も、また次の日も一向に改善が見られません。

二本のライブを控えていて焦った僕は、近所の耳鼻咽喉科に行きました。

しかし、原因が分からないと言われ、不安に駆られながらも、プロのミュージシャンも通う有名な病院を紹介してもらい、すぐに通院しました。

診察の結果、喉を酷使し続けたための炎症ということで、声を出す機会を最低限に減らせば、二?三週間で治るというお話でした。

ほっと、胸をなで下ろしながら、「それくらいなら、ライブを何とか減らしてもらえれば、すぐに復帰できる!」と、安心したのを覚えています。


しかし、人生何が起こるか分からないものですね、僕の喉が元の状態になり、唄えるようになったのは、それから「約二年」経ってからでした・・




なかなか、キツい二年でした。

医者には、普通ならもう唄えるはずなのに、治らない原因が分からないと診断され、だんだんと足が遠のいていきました。

完治を急ぎ、神経質になった僕の声は、気付けば普段しゃべる音量さえもままならなくなっていました。
いつも「ひそひそ声」で話しているような状態になってしまったんです。

こうなってしまうと、唄うことはもちろん、普段の会話さえも最低限になっていき、自然に人とも会わないようになっていきました。

街中で流れてる音楽が耳に入ってくるのも嫌だったので、学校やバイト以外は、極力外出は控え、家に引きこもる時間が増えていきました。


一番好きなだったことを失ったストレスは当然のようにカラダに現れ、顔色も悪くなり、一時、髪も抜けてました。

今思えば、軽いうつ状態だったんでしょう。

これから、どうやって生きていこうか、ただただ迷走するしかありませんでした。

その後、結局バンドは解散。プロのミュージシャンを目指すこともキッパリあきらめることにしました。





あきらめることを決断した日、僕の頭に五木寛之さんの言葉が浮かんだのを覚えています。

それは、あきらめるという言葉は、「明らかに究める」からきているというものです。

五木さんは、明らかに究めるくらい、それに打ち込んだ後の判断であれば、それは逃げではなく、あくまでも「あきらめ」たことになる。

だからこそ、自分なりにやり切った!と思うのであれば、人はどんどんあきらめて、次のチャンスを探るべきだというようなことを、著書の中で書いていました。

最高のタイミングで、最高の言葉と出会えたと思いましたね。

今でも、好きな言葉の一つです。

やりきれたのかどうかは、僕自身にも分かりませんでしたが、何となく今が潮時だということは分かったので、五木さんの言葉に励まされながら、中学生から抱いていた夢をあきらめることを決めました。

不思議なもので、決断をした後は、身も心も楽になり、声もどんどん出るようになっていきました。




振り返ってみれば、バンドをやっている途中から、本当は歌で食べていくことなんて、自分の実力では無理だと気づいていたんでしょうね。

ただ、それを認めることが出来ず、喉のせいにすることで、歌から、もしくは、無理だと感じながらプロを目指すというある種の地獄から逃げていたのでしょう。

プロをあきらめた途端、普通にしゃべれ、唄えるようになったことが、何よりもそれを証明しています。

もしかしたら、キッパリあきらめることをせずに、「喉のせいでプロになれなかった」という悲劇のヒーローとなる、ストーリーを語りながら生きてゆく方法もあったかもしれません。

実際、その方が自尊心を傷付けずに居られますからね。

しかし、そちらの人生を選択してしまっていたら、趣味で続けている音楽も、今ほど楽しめなかったでしょうから、これはこれで良かったと思います。




楽しいことばかりだったとは、到底言えない大学時代でしたが、幸い、今まで大きな病気をしたことが無い僕が、患者さんの苦しみを想像する上で、この時の経験は貴重なものとなっています。
(この頃は、数年後、まさかまた声が出なくなるなど、思ってもいませんでした・・・興味のある方は、このページの最後にある「まさかの二度目・・声が出ない日々」をご覧ください)




・卒業後



非常に長くなりましたが、そろそろフィナーレです。


卒業後、契約社員としてある会社で働きながら、次に熱中できるものを探していました。

主に本を読むことで探していたので、本格的に読書癖がついたのはこの頃です。

いろいろな本を乱読していたある日、ふと自分が東洋哲学の考え方に惹かれていることに気付きました。

特に気という概念は、僕にとって、とてもしっくりくるものでした。なぜなら、気は、目に見えないのに、何故か人間に大きな影響を与えるという点で、とても「音楽的」なものに感じたからです。

その事に気付いた時は、なんとなく「これだ!」という手応えがありました。


一時、音楽を聞くことが苦痛でしかなく、避けていた僕ですが、気功家になった発端が、気を「音楽的だと感じたから・・」というものだったんですから、何とも皮肉なものです。


また、気功家になった更に深い動機としては、やはり、「声が出せない」「唄えない」という日々を経験したことが大きいと思います。

この時、僕の周囲には、自分の身体がなぜこんな状態になっているのか?どうすれば改善するのか?などのアドバイスをしてくれる人も、辛い気持ちを表現できる人も、なかなかいませんでした。
中には、僕の様子に気付いて声をかけてくれた人はいてくれましたし、助かっていたのも事実なんですが、やはり、相手は一般の方ですから、話を聞いてもらったとしても、心身の状態が改善するというレベルまではいきませんでした。

あまりカッコのいい言い方では無いんですが、正直、この頃は孤独でしたね。

その時の気持ちが僕の胸の底にあるからこそ、さまざまな症状を抱えて、同じような心境になっている人に対して、「僕に何か出来ないか」という気持ちが自然に持てたんだと思います。

そして、その方法論として、たまたま気功家という生き方を選んだんだと思いますね。


ということで、とても長くなりましたが、このような経緯を経て、僕の気功家人生は始まりました。

ですから、気功家になったのも、胸を張って大きな声で言えるほど、カッコのいい理由ではありません。残念ですけど、仕方がありませんね。本当のことですから。


僕は、人には、一生のうちに何度も、とても孤独になってしまう時期があると思っています。
そして、更に悪いことに、そういう精神状態の時は、狙いすましたように、身体にも何らかの症状が出てしまうものです。

心が孤独になれば、身体もその影響でダメになってしまう訳ですね。ダブルパンチです。

これは誰だって「しんどい」ですよね。

ですから、しんどい時はしんどい自分を許してあげてください。

そして、たまには誰かに頼ってみてください。

僕のように、周囲にはなかなか頼りづらいという方なら、もし宜しければ、選択肢の中に気功家 菊地勇介を入れていただければと思います。

終わり



ここまで読んでいただいたみなさん、本当にありがとうございます。







その後・・




・まさかの二度目・・声が出ない日々


お恥ずかしい話ですが、実は、2008年の中旬から、翌年の春頃まで、声が出ない時期を経験しているんです。

まさかの二度目です・・・

本当に笑えません。

ただ、過ぎてみれば、一度目、二度目の声が出ない経験があったおかげで得たものは、とても大きいです。
精神的に追い詰められると、人間がおかしな行動を取ることも、身をもって実感できましたし・・

僕は、いったい、どんなおかしな行動を取ったんでしょうか!?

苦笑い必須です。どうぞ、ご覧ください。








その頃、僕は、日本生まれのある武道を習い始めました。

元々、武道という文化はそういう所があるんでしょうけど、閉鎖的な雰囲気、少し偏りがちな考え方が、どうにも性格にあわず、一年そこそこで辞めてしまったんですが、始めた当初は、朝早く起きて稽古に行くなど、自分なりに取り組んでいました。


この稽古の中で、呼吸法の訓練がありまして、これをやると、腹筋がかなり緊張するんですね。


それに加えて、自分の身体の研究と称して、無理やり姿勢を矯正しようとしていた時期でもあったので、今考えてみれば、この頃、急激に身体のバランスが崩れたような感覚がありました。


他にも、気功整体師として、精神的に、一番力が入り過ぎていた時期でもあったので、気付かないうちにストレスも溜まっていたんだと思います。


いろいろな要因が重なった結果、急に声が出なくなりました。


人生二度目の経験です。


正確に言えば、完全に出なくなった訳ではなく、のどから胸の辺りが緊張して、息苦しくなり、その辺りで声(息)が詰まってしまうのです。


無理やり出そうとすれば、なんとか出るんですが、それは、お相撲さんのモノマネをする時のような声を、更に辛そうにしたようなもので、誰が聞いても痛々しい声だったと思います。


そのままでは、仕事にも支障がありますし、一度目の経験から、声が出ない状態が続くストレスは知っていたので、早くどうにかしようと、改善策を講じる日々が始まりました。





毎日、毎日、自分の身体と向き合い、姿勢が悪いのかもしれない、歩き方が問題かもしれない、胃や大腸の特殊な排毒現象かもしれないなど。


原因を思いつくままに挙げ、片っ端から、自分なりの改善策を実行してきました。
その数は、何百通りにもなっていたと思います。


そのおかげで、身体感覚が飛躍的に上がり、気功の技術に関しても、ブレイクスルーを何度も経験し向上しました。


いわゆる、怪我の功名というやつですね。


これはこれで不幸中の幸いでした。


しかし、改善策を実行し、やっぱりダメだった・・を繰り返す日々は、知らぬ間に少しづつ、私の精神を揺さぶっていたようです。


元々、マイペースで、割と楽観的な性格なので、声が出ない生活にも、それなりに順応出来ていると思っていたんですが、さすがに限界はあったようです。


突然、感情が振り切れてしまうというか、現実を受け止めきれなくなるというか、そういう瞬間のエピソードが二つほどありました。





一度目は、夜中「明日は声を治すために何をしょう」と、いつものように改善策を考えていた時、布団の中で急に涙が止まらなくなってしまったんです。


自分が泣くなんて事を考えてもみなかったので、発作のようなこの現象には、驚きました。


ただ、このおかげで、自分のストレスを実感出来ましたし、毎日、毎日、改善策を考え、実行するのは、ちょっと頑張り過ぎかもしれない・・と思い、控え目にする事にしました。


頑張り過ぎは効率が悪い事に気付いた訳です。


不思議なもので、これ以降、症状は少し改善しました。





しかし、完全に改善した訳ではなく、まだ6割くらいの症状は残っています。


そんな状態がしばらく続いたある日、二度目の出来事が起こりました。


夜中、突然に、自己否定の気持ちが高まり、自分が嫌で嫌で仕方がなくなったんですね。
本当に急な出来事で、発作的な感じでした。


おそらく、声が出ないという現実のせいで、自信を失っている自分がどんどん嫌になっていて、そういう気持ちが限界を超えてしまったんだと思います。


僕は普段、ほとんど感情的にならない方なんですが、この時は、自分に対して本当に腹がたっていました。 


なんで、声が出ないんだ!


こんなに頑張っているのに、どうして治らないんだ!


という気持ちが湧いてきて、自分はなんてダメなんだろう・・


という惨めな思いが、怒りに変わったのかもしれません。


そして、そんな思いが臨界点に達した時、私は不可解な行動に出たんです。








発作的に、トイレを掃除しました。







それも直に素手で・・。







何の用具も使わず、便器をピカピカに掃除しました。


その時は、なぜかそうしなくてはいけない衝動に駆られ、無意識にやっていたという感じです。


未だに、あの時の行動の真意はよく分かりません。


分かっているのは、掃除の後、手を洗いながら、自分のバカバカしい行動を思い「吹き出して笑ってしまった」という事です。

おそらく、無意識に心を守る行動だったのでしょうが、運良くそれがショック療法的な効果をもたらしました。


なんと・・。



その時を境に、いろんな事がどうでもよくなったというか、「大した事ではない」ように思えてきたんですね。



声が出ない事も含め、まぁ別にいいか・・と。



自分の行動に吹き出してしまったあの瞬間、何が変わったのか、何に気付いたのかはよく分かりません。


とにかく、今まで悩んでいたもの全てが、大した事ではないように思えてきたんです。
そして、治そう治そうという気持ちも薄れ、半分、あきらめたような状態になりました。


この気持ちの変化を、ポジティブな表現にするならば、「病気の自分を受け入れた」という事になると思います。


人間の能力は、天の邪鬼なもので、強くそれを望んでいた時よりも、そのうち良くなるだろうと、力が抜けたこれ以降、声の調子は、みるみるうちに改善してしまいました。


本当にお恥ずかしいエピソードですが、こういった実際の体験から得ることが出来たものは大きいです。








「もしかすると、あれは「呪い」というものだったのだろうか・・」

「仮にそうだとすれば、私たちを生かしているのは、心の力に違いない・・・」

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・声が出なくなった二度の体験について

・心とは?身体とは?

・身体は心に支配されている!?

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・読書(基本的に乱読気味)
20歳くらいから本格的に読み始めて、読む量がどんどん増えてます。
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近々、今まで観たアニメ、おすすめのアニメなどもまとめてみようかなと思います。(こちらも、最近はあまり観れていません(T_T)/ 2011年9月現在)



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趣味というほどでは無いかもしれませんが、定期的にマンガ喫茶に通って、楽しみにしている作品は結構あります。

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・映画鑑賞
今はあまり観ていないので、趣味と言っていいのか分からないんですが、父の影響で、幼稚園の時から、2006年くらいまでかなり観ていました。
後半は年に100本を目標にしていたくらいなので、そのくらいの時期までの作品の話であれば、そこそこ分かると思います。





「もしかすると、あれは「呪い」というものだったのだろうか・・」

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菊地勇介
1982年10月16日生まれ てんびん座O型 東京都生まれ。 22歳の頃から、冷えとり健康法の指導、婦人科系の病気で実績のある吉祥寺中欧・理学気功院にて修行を始める。
異例のスピードで臨床の現場、研修生の指導を任され、現在は副院長として深く現場に関わりながらも、オリジナルのスタイル、独特の施術理念を活かした施術活動を展開、日々患者と向き合っている。
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