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こんにちは菊地ですm(__)m



昨日急に自分が中学生の頃の事を思い出しました。
どんな事を思い出したかというと、トイレでの思い出です。




思春期の頃の僕は、ほとんどの人間がそうであるように、自意識の塊でした。
自分が周囲からどう見られているかを、過剰に気にして、より良く見られるように、自分をカスタマイズする事に夢中でした。



そういう気持ちが具体化した行動が、授業と授業の間にトイレに立ち寄り、鏡を見て、自分の髪型をチェックするというものでした。



僕は天然パーマなので、なかなか自分の思ったように、髪型が決まりません。その為、休憩の度にそれをチェックしなくては気がすまなかったのです。




もし、今の僕が、その頃の僕に話しかけられるとすれば、静かに隣に歩みより、他の人に聞こえない穏やかな声で、「大丈夫。君が思っているほど、世界は君に期待していないぜ!」と明るくアドバイスしてあげたいところです。

しかし、若い頃というのは、大なり小なり、こういった自意識過剰な行動を、誰もが取っているはずです。
それが「若さ」であると言っても過言ではないかもしれません。




過剰な自意識があるからこそ、若者は自分を正当化し、美化し、これが唯一の正しい道なんだ!と思い込み、どんなにアホな事でも、精一杯頑張れるのです。




僕はこの自意識が少な過ぎる若者の未来は、あまり明るくないと思います。
なんのプライドも持たず、嫌いな人間もおらず、納得のいかない制度も権力もない・・・こういう尖がった思想は、自分側に正義があるはず・・という、かなり過剰な自意識がもたらすものですが、僕は無いよりもあった方がいいと思っています。




なぜなら、過剰な自意識で尖がっている人間は、そのナイフのような人格により、少なからず、周囲とぶつかるでしょうし、その摩擦から得るものが多いからです。



十代の頃は、恐ろしいほど、過剰な自意識で、周囲の大人を「見ているだけで、自分の若い頃を思い出して恥ずかしい」と震え上がらせるくらいが丁度いいと思います。




二十代になってくると、大半の人間は、いろいろな形で、社会に出るようになりますから、社会からの洗礼を受け、それに応じて、少しずつ尖がった自意識の鋭角を、丸く安全なものにしていけばいいのですから、最初は全然、尖がっていてもいいんじゃないでしょうか。




この頃、自意識過剰な人間もさまざまな形態に分けられます。




片や、社会からの客観的な評価を、それなりに受け止め、自意識の形を上手に変えていく人もいれば、「本来の自分はすごい能力を持っているはずなのに、それを発掘してくれる上司がいない」とか「社会が自分の実力を認めてくれない」とか、「チャンスをくれれば実力を発揮できるのに」といった、自分の自意識は守ったまま、社会の側に「悪」が存在するという自己防衛的なロジカルにはまってしまう人もいます。




自意識過剰な人間は、ナイーブな人が多いですから、もしかしたら2~3割くらいは、このような考え方に流れるのではないでしょうかね。



まあ、それも全然ありです。




どうせ、どれも正解でも間違いでも無い訳ですから、いろんな考え方があってもいいのです。
しかし、一般的に、社会側に責任を転嫁してしまうロジックというものは、そう考えない人達から、恰好の標的とされやすい所がありますから、なかなか大変な生き方となります。
「周りが何と言おうと、我が道を行くぜ」という人は、いいと思いますが、出来れば傷つきたくない・・・と思う、大多数に人にとっては、なかなか困難な道かもしれません。




話の終着点が自分でもよく分からなくなってきましたが、ようは、社会に出るまでに、過剰な自意識を持って尖がっているのは、全然問題ないけども、社会に出て、周囲からの評価を得る環境になったら、それを参考に、自意識の形を柔軟に変えた方が、楽ちんに生きられますよという事です。




僕自身、かなり自意識過剰な人間ですから、この暴れ馬をどうなだめるかに苦労してきましたが、幸いな事に、評価されていなくても、自信を持っていられるほど、図太くは無かったので、社会の洗礼を受けてからは、多少は、自意識も大人しくなってきたように思いますし(たぶん・・)、評価される事が多くなってくるに連れて、評価に基づいた、それなりの自信も持てるようになってきました。



本質的に、評価されていないのに、自信があるというのは、変な話なんですが、自意識が過剰だと、そういう当たり前の判断も鈍ってしまうものです。




全てではありませんが、社会からの評価も、それなりには的を得ている事が多いのですから、とにかく、まずはそれに聞き耳をたてる事が大切なのではないでしょうか(*_*)







最後に


最近は中学生の頃と比べて、鏡を見る事が少なくなりました。おそらく100分の1くらいでしょう。
髪を結んでいるので、髪型を気にする必要がない事も関係しているはずです。



しかし、電車の窓、エスカレーターの鏡など、ふとした瞬間に移る自分の姿には、無意識に目が行ってしまう事があります。
そういう自分に気が付いた時、なんだか無性に恥ずかしくなるんですが、まだまだ強いナルシズムがあるんでしょうね。



まあ、それが無くなったらダメだとも思うのですが、そういう余計なものは、少しづつ捨てていきたいところです。苦しみの種ですからね(-_-;)










「もしかすると、あれは「呪い」というものだったのだろうか・・」

「仮にそうだとすれば、私たちを生かしているのは、心の力に違いない・・・」

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菊地勇介
1982年10月16日生まれ てんびん座O型 東京都生まれ。 22歳の頃から、冷えとり健康法の指導、婦人科系の病気で実績のある吉祥寺中欧・理学気功院にて修行を始める。
異例のスピードで臨床の現場、研修生の指導を任され、現在は副院長として深く現場に関わりながらも、オリジナルのスタイル、独特の施術理念を活かした施術活動を展開、日々患者と向き合っている。
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